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2012年01月16日

DESTENY

この前に、気になっていた鎌倉へ行きました。
そこでいつもと少し趣向を変えて、鎌倉紀行を書きます
●杉本寺編
鶴岡八幡宮近くの駐車場へ車を入れる。
まずは杉本寺まで徒歩にて移動。はやあしで約15分かかった。
ガイドブックの写真で観たことがある苔むした階段が見える。
まずはあいさつをして写真を撮って境内に入る。
階段途中で200円の拝観料を払う。さらに階段を登ってお寺のお堂へ。
お堂の中に靴を抜いて入る。

奥にある十一面観音像を拝見。3体ある。
むかって左が行基の作ということである。
仏像の前に座り目を閉じて手を合わせていると心が落ち着いてきた。
この杉本寺は、十一面観音があるからかは不明だけれど、とても優しい感じがする。
大きなお寺にある威厳のようなものとは異質の、この優しさは、慈悲というのだろうか、
安心感を感じ、こころが穏やかになってくるのがわかる。
しばらく座ってあれこれと頭に思い浮かべる。
今、いろんなことで迷っていると相談してみる。
それに対し、返ってきたことを噛み砕いて書いてみる。

「正解など無い。
奇策など用いても何の意味もない。
誠心誠意を持って、ひとつひとつ進む。
足下をしっかりとしっかりと踏み固め
地道に着実にすすめ。」
「なぜ迷うかというと、物事には正解があり、その正解を選択しようと思うからだ。
これは欲以外の何ものでもない。」

杉本寺を出て、道路を歩き始めると、ちょうど鎌倉駅行きの路線バスが走ってきた。このバスに飛び乗って鎌倉駅へと向かう。鎌倉駅から江ノ電で和田塚駅へと行こうと思っている。

たのみあるしるべ
なりけり杉本の
ちかいはすえの
世にもかわらじ



sugimotodera.JPG

鎌倉駅から江ノ電に乗り和田塚へ。和田塚のある和田塚駅は鎌倉から一駅。駅を出て1分ほどで和田塚へ。
それは住宅街の中にひっそりとあった。
数個の大小さまざまな石碑があり、一番大きな石碑には「和田一族戦没の地」と書いてある。
その横の小さめな石碑には「和田義盛一族墓」。
ここで線香をあげていると色々な思いが頭に浮かぶ。
鎌倉時代、北条氏の策略に嵌まり、戦わざるおえなくなり、死んでいった武士たち。
1213年の和田合戦、今ではもう語られることがほとんどない、壮絶なドラマがここ鎌倉で繰り広げられた。
彼らは戦うというのは本意ではなかったのだろう。
自分の直属の殿に従い、命を落したものたちの、純真さのようなものを感じさ清清しさと悲しみを同時に感じる。
(詳細は鎌倉の歴史散歩 奥富敬之著 新人物往来社や鎌倉合戦物語 笠間良彦著 雄山閣出版をご覧ください。リクエストがあれば一部抜粋してアップも検討します。)


私は何も見えないしリトリーバルもうまくできない。
だけれども、もし、ここにまだ留まっている存在がいたのなら
もう、安心して、上に行っていいよ、そう思ってそこを後にした。
ノンヘミリトリーバルの効果は不明である。

なぜか、松任谷由美さんのDESTENYのメロディーが頭に浮かんだ。

DESTNY

http://www.youtube.com/watch?v=kUfa57BGcRA

http://www.youtube.com/watch?v=ZzyQMpaBX3g&feature=related



P1010118.JPG


wadatuka.JPG

次に、三浦半島のことを書きます。

日曜日の朝に突然三浦半島につれて行かれることになりました。

まず、行ったのは、横須賀の満願寺。三浦義明の10男、佐原十郎義連ゆかりのお寺だそうです。
満願寺PAP_0012.JPG

和田義盛からみたら、おじちゃんですね。とてもきれいなお寺でした。

満願寺由緒.JPG

その隣は熊野神社があり、その境内したにはゲートボール場が、そしてその隣が小さな丘のようなところ、ここが飯塚ということらしです。以前にはここに石塔があったらしいですが、区画整理のおり近くに移動してしまったそうです。


飯塚横須賀満願寺.JPG

飯塚にあったPAP_0018.JPG

蛍の一生.JPG

そのあとには、妙音寺というお寺に行きました。そこはとても見晴らしがよい、すてきなお寺でした。写真がないので・・・・デジカメのデータをうっかり消してしまいましたので・・・HPのアドレスを書いておきます。
妙音寺HP
http://www.myoonji.com/

次に向かったのは、和田の里にある和田義盛の碑。
ひっそりと、本当にひっそりとありました。
看板には、鎌倉武士の栄枯盛衰その典型的な例が和田一族です、なんて書いてあります。
和田義盛の碑.JPG

そこを後にして、最後に向かったのが、白旗神社です。
ご祭神は和田義盛とアマテラスオオミカミだそうです。


白旗神社階段.JPG

和田合戦の50年後に、義盛の善政をしのび、郷人が建てたとあります。

白旗神社由緒書.JPG

和田義盛
http://n.ashitane.net/%E5%92%8C%E7%94%B0%E7%BE%A9%E7%9B%9B
http://www.rekishi.sagami.in/wada1.html

和田の里、三浦半島初声を行く
http://homepage3.nifty.com/k_harada/hatsuse/hatsuse.htm


和田合戦
http://www8.plala.or.jp/daisho/kamakura/ikusa/wadakassen.htm
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%8C%E7%94%B0%E5%90%88%E6%88%A6


突然連れて行かれた、三浦半島和田の里、翌日は大阪、岸和田に連れて行かれるとは、このとき思ってもいませんでした。

私は過去の話など、どうでもよく、未来をどう作りあげるか?に興味があります。
ですが、それとは裏腹に、いろいろなことがやってきます。

歴史は私に何をいいたいのでしょうか?
過去はいったい何をいいたいのでしょうか?

ヘミシンクで今の今生に一番影響している過去生を見せて!
とやったところ傷ついた武士のような姿がでたことがあります。
そしてその過去生に光をおろしてセルフレトリーバルをしました。

現在に過去も未来もはたきこまれているといいます。
今を癒すと過去も癒され、未来も癒される。

今が過去に影響を与えているのかもしれません。
未来が今に影響を与えているのかもしれません。
過去が今まで引きずられているのかもしれません。

運命は決まっているのでしょうか?
運命はかえることはできるのでしょうか?
未来は決まっているのでしょうか?
未来を変えることはできるのでしょうか?

過去・現在・未来・・・歴史とはいったい、なんなのでしょうか?

運命、それは自分で切り拓くもの。
過去においてはどうだったかはわかりません。
しかし・・・・これからは、自らで切り拓く
自由へのとびらは開かれました。


posted by ChiAki at 22:09| Comment(0) | 瞑想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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